読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Papyrus

考えたことや調べたことを残しておこうと思います。

やりたいことはなんだろう

自分のやりたいことが見えなくなってきているので、少し考えを整理するためにブログを書いてみようと思います。

 

日本の大学生時代、3年生の終わりあたりから周りのみんなが就活でばたばたし始めたのを横目に、私は「しゅうかつ」の「し」の字も考えずに進学することを考えていました。アメリカでアスレティックトレーニングの教育を受けるんだ、と。

 

この覚悟は固く、私は12月の初旬に自分が4年間所属した女子バレーボール部を引退したあと、1月から男子バレーボール部で活動再開しちゃったんです。4年間女子バレー部で休みなし(相当な量の仕事があったのでオフの日でもだいたいの時間を部活のために捧げてた)でやってきて相当な苦労をしたはずなのに、こんなわずかな休養期間でまた体育館に行く毎日を選んだ過去の自分に対しては尊敬さえします。

 

卒論の提出が確か12月19日だったから本当にがっつり休んだのは1週間?2週間?そんなもんでした。卒業旅行にも行かなかったなぁ。体育館にいるのが旅行よりも好きだったなんていうと頭おかしいと思われるかもしれないけれども、そのくらい好きだったんです。

 

「この気持ち忘れてたなぁ」と、今書いていて思いました。そういえばそう、私はスポーツ現場が大好きでした。

 

女子バレー部ではカナダでPTの資格を取った素晴らしいボスがいらっしゃいましたが、現場に来ていただけるのは週に1回で、ほとんどの時間を自分ひとりで見ていました。男子バレー部でも日体教のATを持っている方が私の上の立場にいらっしゃいましたが、その方もだいたい週に1回。体育館が大好きでそこから離れる気は全くなかったけれど、無資格の学生AT2年目の私が多くの時間をひとりでカバーすることはいつも恐怖でした。

 

今、本当に強く思うけれど、私がそばにいる間、誰も命を落とさなくてよかった。

 

学生トレーナーの多くは怪我の評価やリコンディショニングの勉強にたくさんの時間を使っているように思いますし、私もそうでした。それがathletic trainerのアイデンティティだと思っていたからです。けれど、それって他の人、例えば現場にいない人にも任せられるなと思ったんです。私が毎日現場にいて、絶対にしなくちゃいけないことは選手の命を守ることでした。

 

でも当時の私が、生きるか死ぬか一刻を争う現場に居合わせたとき、適切なことが出来るとは全く思いませんし、私もその自覚があったから毎日体育館にいられる幸せを噛みしめながらも恐怖を抱いていたんです。本当に誰も死ななくてよかった。

 

私のモチベーションは「現場への愛着」、「そこでの恐怖感」、「現場で使いものにならない私」、これらから来るものだったかもしれません。

 

 

アメリカに来てから、普段の生活の中で大きな政治的・社会的な問題を肌で感じ、語学学校では世界中の文化の違いを感じて、私は「スポーツ」を通して「社会」にどんな「貢献」ができるんだろうと考えを巡らせていました。

 

大学時代、スポーツそのものが人生(少なくともこれまでは)というような人が周りにたくさんいました。私もそのうちのひとりです。

 

けれど、ここはそういう場所ではありませんでした。スポーツの及ぶ範囲の小ささを感じたりして、「私なんでスポーツやりたいんだろう」って思ったりしました。いや、そんなもんじゃなくて、「スポーツでいいのかな」っていうような感情です。

 

旅行も含めて海外経験ゼロの私をここまで駆り立てた強い意志ですら、生活が揺らぐと簡単に揺らいでしまったことにはびっくりでした。これも良い経験です。

 

 

 

私が今後の人生で世の中に大きな影響力を持つような人間になったら、もしかしたら「私の分野にはいない誰か」のために「何か」できるかもしれませんが、当面の間はそんな大きな問題には目を閉じて耳を塞いで、自分が確実に人に与えられるものを増やすことに従事しようかなと思います。

 

f:id:miwakosuzuki:20170212094035j:plain