PAPYRUS

アメリカの大学院でアスレティックトレーニングを学んでいます。考えたことや調べたことを残しておく目的でブログを書いています。

スポーツ中の突然死 - 心臓疾患とメディカルチェック

6月5日から3ヶ月弱、「スポーツ中の突然死を防ぐ」というミッションを掲げ最先端の研究や教育活動を行う、Korey Stringer Institute(http://ksi.uconn.edu)という機関でインターンシップをさせていただけることになりました。

🔽KSIの紹介動画です。


熱中症のことが主になるとは思いますが、正直どんなことが待ち受けているのかわかりません(ドキドキ75%・心配25%!!!)。何か予習的なことができればと思っていましたが、以前からメディカルチェック(アメリカでよく使われる用語ではPPE: preparticipation physical evaluation)のことについて調べたかったので、今回はメディカルチェックと心臓系の突然死について調べてみようと思います。

 

アメリカではスポーツ中・直後に起きる突然死のうち、心臓の疾患に由来するものが最も多いと報告されています。1 日本の報告を見ても、平成11年度から20年度の10年間で学校で起きた突然死のおよそ71%が心臓系の疾患であったとされています。2

 

35歳以下の若いアスリートの間で、突然死の原因となる心臓疾患として最も多いのが、肥大型心筋症(HCM: hypertrophic cardiomyopathy)です🔽。1

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(🔽の動画は英語ですが、肥大型心筋症の説明です。 )


従って、メディカルチェックで肥大型心筋症を発見し、その人口に対してリスクをマネジメントするということが、完璧ではないけれど、最も多くの命を救う可能性のある突然死の予防方法ということになるのではないでしょうか。

 

イタリアのVenetoという地域では、1979年から競技スポーツを行う35歳以下の人口に対して心臓・循環器系のスクリーニングを行っています。3,4

1998年の報告3では、スクリーニングで肥大型心筋症を発見し、運動制限を設けることで肥大型心筋症が突然死の主要な原因ではなくなったことがわかり、さらに2006年の報告4では、スクリーニングを導入したイタリアのVenetoという地域で突然死の発生率が1979年から2004年までの25年間で約1/10にまで減少したことがわかりました🔽。

 

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このイタリアで行なわれているスクリーニングには家族歴、既往歴*(personal history)、身体検査、心電図が含まれていて、各検査の陽性の条件は以下の通りです🔽

* 既往歴というと過去に罹患した病気の記録、というようなイメージがありますが、ここでは「失神や運動中の胸の痛みを経験したことがある」などの言うなれば「症状歴」という感じだと思います(しっくりくる日本語がないのでとりあえず「既往歴」と書きます)。

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このイタリアの取り組みは肥大型心筋症による突然死の発生率を大幅に減少させたひとつの成功例ではありますが、メディカルチェックのエビデンスは実はまだまだ蓄積されていません。5

 

その理由としては、メディカルチェックの方法や記録用紙が学校や所属するチームによってバラバラで統一されていないことやメディカルチェックの質問紙の信頼性・妥当性が検証されていないことが挙げられます。5

 

また、イタリアの例では心電図もスクリーニングに組み込まれていますが、心電図をメディカルチェックに取り入れるべきかどうかも明確なガイドラインがある訳ではありません。1,5 ポジション・ステイトメントでは既往歴や家族歴から詳しい検査が必要とされた場合以外には心電図などの検査はルーティーンとして行われなくても良いという書き方をされています。1

アスリートの心臓疾患の評価・診断でとても難しいのは、スポーツ心臓(強度の高い競技トレーニングへ適応して心臓の状態)と肥大型心筋症の区別が難しいことだと言われていますが、心電図においてもスポーツ心臓は異常な波形を示すこともあり、そのため心電図のsensitivity(51%)やspecificity(61%)はそれほど高くなく、positive predictive value(true positiveの割合)はわずか7%であるという報告もあるのです。6

 

この心電図の限界を踏まえると、大きな人数(例えば大学の部活に所属する全学生や体育を履修する全学生など)のメディカルチェックの際には心電図はコストパフォーマンスは高くないのかもしれません。

 

話は戻りますが、このように、心臓・循環器系のスクリーニング(既往歴や家族歴、聴診や血圧測定などの身体検査、心電図など)のうち、どの構成要素が心臓疾患を発見するのにより高い正確性(sensitivityやspecificity)を持っているのかなどのエビデンスはまだまだ充分ではないというのが現状のように感じます。

 

ですが、そんな現状だからこそ、いち早く心臓疾患のスクリーニングをメディカルチェックに取り入れて、分析するためのデータを蓄積し始めることが大切ではないかと思うのです。

 

『学校保健法施行規則の一部改正に伴う定期健康診断のガイドラインについて』7という宮城県教育庁スポーツ健康課課長の松本文弘さんという方が書かれた文書(http://tsukamoto-naika.org/Gakkouhokennanzenhousekoukisoku%20no%20Ichibukaisei%20tou%20nitsuite%202016.01.27.pdf)をオンラインで見つけました。これは『児童生徒等の健康診断マニュアル』という文部科学省が発行しているマニュアルを参考にしたもののようで、多くの学校で実際に使われているのもなのではないかと予想しています。この文書で紹介されている健康調査票を見ると、心臓・循環器系のスクリーニングは心臓病の既往歴と内科系のいくつかの質問という内容でした🔽。

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一方、American Heart AssociationやNATAなどの組織から推奨される、American Academy of PediatricsのPPE(pre-participation physical examination;メディカルチェック)のフォーム(Preparticipation Physical Evaluation)では、既往歴や家族歴の質問が充実しており、血圧検査はもちろん、心音の聴診なども含まれています🔽。

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学校では部活動だけでなく、体育の授業やマラソン大会、運動会などでほぼ全ての生徒が運動に取り組むことになるので、学校での健診がもう少し心臓疾患のスクリーニングという観点を取り入れたらもっと良くなるのではないかと思ったのが私の感想です。

 

最後に、独立行政法人 日本スポーツ復興センターによる 『運動中における突然死(心臓系)の事故防止について』というレポート2(http://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/branch/nagoya/pdf/totsuzenshiall.pdfから心臓疾患の災害の事例を紹介して終わりにしたいと思います🔽。事例を見ると、突然死はまさに私たちが経験してきた体育や部活の中で起きていることがわかります。その場にもし私がいたら、と思うととても怖くなりますが、これらが私が将来アスレティックトレーナーとして立ち会うケースになるのかもしれないのです。予防すること、それから、実際に起きた時のために準備を怠らないことはスポーツ現場で働く限り努めなければならない最低限の義務だといつも思います。

 

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参考文献

1. Conley KM, Bolin DJ, Carek PJ, Konin JG, Neal TL, Violette D. National Athletic Trainers' Association position statement: Preparticipation physical examinations and disqualifying conditions. J Athl Train. 2014;49(1):102-120.

2. 運動中における突然死(心臓系) の事故防止についてhttp://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/branch/nagoya/pdf/totsuzenshiall.pdf: 独立行政法人 日本スポーツ振興センター; 2012.

3. Corrado D, Basso C, Schiavon M, Thiene G. Screening for hypertrophic cardiomyopathy in young athletes. N Engl J Med. 1998;339(6):364.

4. Corrado D, Basso C, Pavei A, Michieli P, Schiavon M, Thiene G. Trends in sudden cardiovascular death in young competitive athletes after implementation of a preparticipation screening program. JAMA 2006;296(13):1593.

5. Wingfield K, Matheson GO, Meeuwisse WH. Preparticipation Evaluation: An Evidence-Based Review. Clin J Sport Med. 2004;14(3):109-122.

6. Pelliccia A, Maron BJ, Culasso F, et al. Clinical significance of abnormal electrocardiographic patterns in trained athletes. Circulation. 2000;102(3):278-284.

7. 松本文弘. 学校保健法施行規則の一部改正に伴う定期健康診断のガイドラインについて. 宮城県教育庁スポーツ健康課; 2016.